12世紀ルネサンスの知識
12世紀ルネサンスの諸相
イスラム・ビザンツの影響
シチリア王国の首都パレルモの宮廷でイスラム(アラビア語)やビザンツ(ギリシャ語)の文献がラテン語に翻訳された。(フリードリヒ2世 (神聖ローマ皇帝)|フェデリーコ2世も参照)
スペインのレコンキスタ運動の中、トレドでイスラムの医学・数学などの文献が翻訳された。学問の隆盛
アベラール(1079年-1142年)の弁証論(唯名論)がスコラ学の基礎を作り、のちトマス・アクィナス(1224頃-1274年)により大成される。
大学が各地に作られた(11世紀末のボローニャ大学、12世紀のパリ大学、オックスフォード大学)。
シャルトル大聖堂の附属学校では古代の自由学芸(リベラル・アーツ artes liberale 文法、論理学、修辞学、算術、幾何、天文、音楽の7科目)を基盤に、プラトンの思想と聖書の思想を統合しようとした(「シャルトル学派」といわれる)。ロマネスク美術からゴシック美術へ
古代ローマ帝国時代の遺跡が多く残っていたプロバンス地方において、特徴的なロマネスク建築・彫刻が造られた(特にサン・ジル)。
ゴシック建築のはじまり(サン・ドニ修道院、1144年)文学など
中世の騎士道物語が盛んになる。宮廷で吟遊詩人が騎士の武勲や恋愛の物語を語り伝える。
:イギリスでは1136頃の「ブリテン王列伝」で「アーサー王物語」がまとめられる。
:フランスでは1100年頃「ローランの歌」、また「トリスタンとイゾルデ」の物語がまとめられる。
:ドイツでは13世紀初頭に「ニーベルンゲンの歌」がまとめられる。
教会音楽の発展が見られ、12-13世紀にかけてポリフォニーが発達する。
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「十二世紀ルネサンス」(新装版、みすず書房、1997年) シチリア王国の首都パレルモの宮廷でイスラム(アラビア語)やビザンツ(ギリシャ語)の文献がラテン語に翻訳された。(フリードリヒ2世 (神聖ローマ皇帝)|フェデリーコ2世も参照) スペインのレコンキスタ運動の中、トレドでイスラムの医学・数学などの文献が翻訳された。学問の隆盛 アベラール(1079年-114...
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