ドン・キホーテの知識

制作の経緯


前編の正式な原題は、''El ingenioso hidalgo Don Quijote de La Mancha''(英知あふれる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)。セルバンテスは前篇の序文の中で、牢獄の中でこの小説の最初の構想を得たことをほのめかしている。彼は生涯において何度も投獄されているが、おそらくここで語られているのは税金横領の容疑で入獄した1597年のセビーリャ監獄のことであろう。(ただし、「捕虜の話」など話の本筋ではない挿話のいくつかは、それ以前に書いたものである)セルバンテスは釈放後、バリャドリードで多くの家族を養いながら前篇を書き上げ、1605年にマドリードのファン・デ・ラ・クエスタ出版所から出版した。前篇はたちまち大評判となり、出版した年だけで海賊版を含め6版を数え、1612年には早くも英訳が、1614年には仏訳が登場した。だが作品の高い評価にもかかわらず、版権を売り渡してしまっていたためセルバンテスの生活は依然困窮していた。後編は、''Segunda parte del ingenioso caballero Don Quijote de La Mancha''(英知あふれる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ 第二部)として1615年に同じくファン・デ・ラ・クエスタ出版所から出版された。前篇と同様に大評判となったが、セルバンテスは相変わらず貧しいまま、1616年に没した。前篇はセルバンテスの短編集としての色合いが濃く、作中作「愚かな物好きの話」(司祭たちが読む小説)、「捕虜の話」、「ルシンダとカルデーニオの話」など、ドン・キホーテとは直接のかかわり合いのない話が多く挿入されている。また、前篇の第一部(ドン・キホーテ単独の一泊二日の遍歴)も、ひとつの短編小説としての構成をもっている。後編ではこの点を作者自身反省して、脱線を無くしている。

贋作『ドン・キホーテ』


1614年、アベリャネーダと名乗る人物が『ドン・キホーテ』の続編を発表した。だがこれはセルバンテスが書いたものでもなければ、許可を取ったものでもない。すでにベストセラーとなっていた『ドン・キホーテ』の名前を利用しただけの贋作である。セルバンテスは『ドン・キホーテ』後編のなかで、この贋作が『ドン・キホーテ』前編とは無関係であることを何度も主張し、さらには続編のドン・キホーテに対抗して行き先をサラゴーサからバルセロナに変更してさえいる。アベリャネーダの正体は、300年以上も謎のままであったが、現在では1988年マルティン・デ・リケールが提起したヘロニモ・デ・パサモンテ説が有力となっている。この人物は、後述するヒネス・デ・パサモンテのモデルになった人物であり、セルバンテスとともにレパントの海戦を戦って捕虜になったアラゴン王国|アラゴン人である。

メタフィクション


『ドン・キホーテ』にはきわめて多重のメタフィクションが導入されている。まず全編を通じて「ドン・キホーテの冒険が歴史家シデ・ハメーテによって記録され、セルバンテスがその記録を編纂して発表した」という「又聞き」の描写スタイルになっており、さらに他人の物語が挿入される場合は「捕虜の話をドン・キホーテが聞き、それをシデ・ハメーテが記録し…」というような、三重の描写スタイルとなる。後編ではさらに別の視点が登場する。すなわち、「前編が出版されて世に出回っている」という前提で話が進み、小説を読んでドン・キホーテやサンチョのファンになった公爵夫妻などが登場し、前篇の記述をもとにドン・キホーテに悪戯をしかけるのである。このように、『ドン・キホーテ』の登場人物はみなきわめて多種多様なそれぞれの視点に応じてそれぞれの目的意識から行動している。認識の相対性を作中に導入していることが、「最初の近代小説」と呼ばれる理由の一つである。

Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL

<メニュー>>>
ドン・キホーテ / 概要 / 制作の経緯 / 主な登場人物 / あらすじ / 評価 / 他メディアへの展開 / 日本語訳 / 外部リンク


永田寛定訳『ドン・キホーテ』岩波文庫、1948-51 永田寛定・高橋正武訳『ドン・キホーテ(続編)』岩波文庫、1953-77 牛島信明訳『新訳ドン・キホーテ』前篇、岩波書店、1999年6月。ISBN 4-00-024110-9  牛島信明訳『新訳ドン・キホーテ』後篇、岩波書店、1999年6月。ISBN 4-00-024111-7外部リンク* El ingen...

関連商品





ドン・キホーテリンク

     Copyright (C) 2004 オーケストラ!. All Rights Reserved.