ルネサンス音楽の知識

概要


ルネサンス音楽は、イギリスのジョン・ダンスタブルが大陸にイギリス独自の3度・6度の和音を伝え、それがフランスのアイソリズム、イタリアのトレチェント音楽の持つ優美な旋律の作風と統合されることによって始まった。その初期に重要な役割をしたのは、デュファイとそれに続くブルゴーニュ楽派と呼ばれる作曲家達である。ルネサンス音楽中期においては、ジョスカン・デ・プレなどに代表されるフランドル楽派が活躍し、通模倣様式 を用いた循環ミサ曲、モテットなどの宗教曲や、シャンソンと呼ばれる世俗曲を作曲した。いわゆる美術文化史のルネサンス芸術はイタリアがその中心地であったが、初期、中期までのルネサンス音楽に関してはブルゴーニュ、フランドルが重要である。音楽に関しても、イタリアの教皇庁をはじめ各地の宮廷や教会はヨーロッパにおける文化パトロン|パトロネージの中心地であったが、そのイタリアにあっても、宮廷や教会付きの音楽家はその多くがフランドル、ブルゴーニュの出身者で占められていた。14世紀から15世紀にかけて、フランドル地方は商業によって栄え、当時のアルプス以北のヨーロッパの経済・文化の一大中心地となった。この地域を統治したブルゴーニュ公国が文化・芸術を奨励したため、各都市の聖堂の聖歌隊は、欧州の音楽家の養成所となっており、ここで才能を発揮した音楽家(歌手)は、主としてイタリア、そしてドイツ、東欧、スペインなどに出稼ぎに行ったのである。特にローマ教皇庁に勤務して聖職禄をもらい、晩年は、フランドルの聖堂参事会員として悠々自適の暮らしをするのが流行となった。この出稼ぎと、写本や16世紀以降の出版楽譜の普及によって、フランドル風の音楽様式は全ヨーロッパに普及した。15世紀末から16世紀前半にかけて、イベリア半島のスペインやポルトガルでは大航海時代を迎えて国力の絶頂期にあり、トマス・ルイス・デ・ビクトリアなどの音楽家が活躍した。イギリスにおいては、トマス・タリスやウィリアム・バードらが活躍した。ルネサンス音楽後期になると、イタリアでローマ楽派、ヴェネツィア楽派などが活躍した(音楽におけるマニエリスム)。この時期のイタリアではマドリガーレと呼ばれる世俗曲が勃興し、モノディー|モノディー様式の発生とともにバロック音楽への移行の基礎を作った。この時期のドイツはいまだ文化後進地域の色合いが強く、本格的な音楽文化の発展はバロック期までまたねばならなかった。

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ルネサンス音楽 / 音楽における「ルネサンス」の概念 / 概要 / 時代区分 / 形式と様式 / 日本への影響 / 参考文献 / 関連項目


フェンロン 編/今谷和徳 監訳 「花開く宮廷音楽−ルネサンス」 音楽之友社(1997) 皆川達夫著 「洋楽渡来考 キリシタン音楽の栄光と挫折」 日本キリスト教団出版局(2004)関連項目 ルネサンスとは「再生」を意味する言葉で、古代ギリシャ・ローマの復興を目指した14世紀から16世紀頃の(主にイタリアの)文化運動(絵画、彫刻、建築、文学)に適用される概念であ...

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