ルネサンス建築の知識
概説
ルネサンスはイタリアのフィレンツェに始まる文化的現象であり、西洋の歴史において最も光彩を放つ時代のひとつとして挙げられる。中世以降、フィレンツェではメディチ家、ルチェッライ家、ストロッツィ家などが毛織物の加工や交易、金融業を主導し、発展させていった。15世紀、ブルッヘ、ヘントなどのフランドルの諸都市やロンドンなどもフィレンツェにきわめて似た社会構造を有していたが、これらの都市がゴシック建築の伝統を維持し続けたのに対し、フィレンツェではルネサンスという新しい芸術活動を創出したN.ペヴスナー『新版ヨーロッパ建築序説』p149-p150。。フィレンツェがルネサンスを生んだ理由はいくつか挙げられるが、建築に関わるものとして、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂やサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂、サンタ・クローチェ聖堂 (フィレンツェ)|サンタ・クローチェ聖堂にみられるような現実的かつ明快なトスカーナ固有の美|美意識、才能のある人間への賞賛、古代ローマの芸術・文学の遺産が数多く残っていたことなどを挙げることができる。ルネサンスは、忘れられていた古代を復興する文化運動であり、建築の面ではそれまで主流であったゴシック建築の技法を否定し、古代ローマの建築を再生した、というのが一般的な見解である。これはおおむね正しいが、ルネサンスの建築家たちは一般に思われているほど、古代ローマの建築を正確に写し取ったわけではない。むしろ、その建築活動はルネサンスの理想を投影した独創的な側面が強いが、ルネサンスの建築家は古代の人びとが考案した建築のあるべき姿を復興したと考えていた。ルネサンス建築の特徴としては、建築家たちが人体の比例と音楽の調和を建築に組み合わせることが美の具現と信じ、設計において簡単な整数比(耳に心地よい和音の比例に対応)を用いたこと、建築の平面として集中形式を好んだこと、透視図法を空間表現の手段として用いたことなどが指摘される。こうした建築理論が書物によって広く普及したことも大きな特色である。従来の建築は職人の技とのみ考えられていたが、数学的に根拠付けられ体系化されることで、幾何学・音楽・天文学と並ぶ学問と認められるようになったのである。イタリアにおけるルネサンス建築の絶頂期は必ずしも長くはなく、イタリア戦争(フランスや神聖ローマ帝国によるイタリア国土の割譲)や宗教改革、ローマ教皇の権威失墜、といった動乱の時期を迎えた16世紀には、いわゆるマニエリスムと呼ばれる局面を迎える(一般にローマ略奪がその画期とされる)。建築において、どの程度までマニエリスムを当てはめることができるのか、という点については、時代においても地域においても、そして建築家の分類においても議論がある状況だが、少なくともジュリオ・ロマーノ、ミケランジェロ・ブオナローティ|ミケランジェロ、そして彼の追従者の建築については盛期ルネサンスからの逸脱が見られる。マニエリスムは社会的な安定を失ったルネサンスの衰退・退廃と認識されることもあれば、この時代に進んだ古代研究と建築家の個性が結実した独創的な建築運動と説明されることもある。:ここでは、マニエリスムとして16世紀の北イタリアの建築活動、特にアンドレーア・パッラーディオの建築を含んでいない。建築史家によっては、16世紀以降をひと括りにマニエリスムとする場合もある。
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テアトロ・オリンピコ(アンドレーア・パッラーディオ ヴィチェンツァ 1579年設計・1583年完成)出典・脚注参考文献 ピーター・マレー著 桐敷真次郎訳『図説世界建築史 ルネサンス建築』(本の友社)ISBN 9784894391550 ジョルジョ・ヴァザーリ著 森田義之監訳『ルネサンス彫刻家建築家列伝』(白水社)ISBN 9784560039304 ニコラス...
